時津風親方、解雇。時太山の慰霊をすべきです。

| | トラックバック(0)

 日本相撲協会は、臨時理事会を開き、時津風親方の解雇を満場一致で決定したのである。この時津風親方は、完全に身を引くタイミングを間違えたのである。まったく、安倍前首相と同じことになったのである。時津風親方は、完全に、相撲の世界から放り出され、その門を閉められたのである。裏切られたという感じを時津風親方は、持ったはずなのである。しかし、それが事実なのである。騒動が大きくなる前に、責任をとって、辞任すれば、名誉が守られたし、今後の人生での再起もはかれたのである。日本相撲協会としては、組織の規律をまもるために、解雇するしか方法がなかったのである。そのけじめとして、理事長の4ヶ月間の50%、理事や監事らが、3ヶ月間の30%減俸を申し出て、それも了承されたのである。いかにも、日本的な責任の取り方だが、若者が一人命を落としている以上、これは避けられない問題なのである。時津風親方は、親方株をもっているので、それを売却すれば、1億前後の収入があるのである。資産のたくわえもあるので、路頭に迷うことはないだろうし、中には、時津風親方に恩を感じている人もいるだろうから、もし、このまま収束するのであれば、それなりに生きていけるはずなのである。

 

 問題は、遺族の人の感情なのである。事故で死亡したのが、一転して暴行を黙認したということになるのである。理事長は、「力士を養成する立場にありながら、その義務を怠り暴行を黙認した。師匠としてあるまじき行為。協会の名誉を汚した」といっているのである。暴行を黙認したという言葉を相撲協会の理事長が明言したのである。対相撲協会と時津風親方の関係は、解雇という形でけりがついたが、遺族と親方と相撲協会の関係にはけりがついていないのである。遺族としては、何があったのか真実を知りたいのである。そこに、行き過ぎがあり、明らかに死亡と暴行との因果関係があれば、民事上の損害賠償請求を起こすはずなのである。もちろん、刑事事件として、発展すれば、そこで事実が明らかにされるが、それが、困難であれば、民事上でも、何があったのか、その事実関係の解明を望む話なのである。それが、親として、当たり前の話なのである。だれも、好き好んで、暴行を受けて死亡さすことを望む親などいるわけがないのである。

 

 17歳の少年は、夢をもって入門したのである。将来の横綱や大関を夢見て、がんばろうとしたのである。その入った世界の親分が、時津風親方だったのである。そして、その世界にいたのが、暴行した兄弟子なのである。そこには、厳しい縦社会が存在する世界なのである。弟子から幕下、十両、幕の内、三役、大関、横綱と完全な階級の閉鎖的な縦社会なのである。入ったところが、悪かったのでる。たまたま、時津風部屋が悪かったのである。時太山は、逃げ出したかったはずなのである。きっと、旧陸軍のようないじめとリンチの階層がその中にあったはずなのである。その力と規律で、時太山の精神をたたき直そうと思ったはずなのである。時太山には、それが嫌いだったのである。だから、親方は自分のやり方を強要したのである。それから、時太山は逃げたのである。そこをつかまったのである。俺にはむかうものは、容赦はしない、親方のエゴがそれを容認したのである。そこに、人間性の温かみはまるでない。かわいがりという名の拷問がまっていたのである。精神をたたきなおせ、という号令が弟子たちにかかったのであろう。親方の命令は絶対である。入門して数ヶ月の時太山は、必死で耐えたはずなのである。それは、拷問であり、リンチなのである。連合赤軍の浅間山で起きたリンチと類似したものなのである。17歳の少年にとっては、地獄だったはずなのである。逃げられない空間域で、果てしなく続く暴行、そして、稽古という名の痛めつけ、時太山は、ふるさとの風景を思い出していたのである。心の中で叫び続ける「母と父の名前」、おとうさん、おかあさん、助けて、痛めつけられる中で、時太山は、必死で叫んでいたはずなのである。そして、肉体の限界が、精神の限界なのである。意識が朦朧とするなかで、生きようとするよりも、滅びようとする意思が勝ったのである。意識がもどり、記憶が蘇れば、恐ろしいことがまっている。それが、体の記憶として残ってしまったら、人は、生きようとはしなくなるのである。明日を望もうとしなくなるのである。原爆で死んでいった人と同じ感覚なのである。17歳の少年をここまで追い込むこと事態、残忍であり、そして、親方のやり方が陰湿なのである。そのときの時太山の哀しい絶望の悲鳴が聞こえるようである。

 日本相撲協会や相撲に関わる人、全員が時太山の位牌に頭を下げるべきなのである。協会の名誉を汚したなどという前に、時太山の慰霊を相撲協会としてすべきなのである。夢をもって入った少年の心と体を相撲界が殺したのである。その事実を受け止め、すまなかった。もう、二度とこんな過ちはおかさない、と日本相撲協会の名前で、時太山の慰霊碑を時津風部屋の前か国技館の前に作るべきなのである。関取、親方、相撲関係者がその慰霊を忘れないことが、相撲の復活につながるのである。そうしなければ、相撲部屋に入門する人など増えないのである。朝青龍のようなモンゴル出身の力士だらけになってしまうのである。そこが、陰湿な空間になるのも、神聖で温かみのある空間になるのも、基本的に親方の心次第なのである。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 時津風親方、解雇。時太山の慰霊をすべきです。

このブログ記事に対するトラックバックURL:

このブログ記事について

このページは、中野満が2007年10月 5日 18:20に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「時津風親方の結果責任 (時太山、死人に口なし)」です。

次のブログ記事は「つばめ (やっと最終版の曲が完成)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。