小泉毅容疑者、テロより恐ろしい異常な心理
元厚生省事務次官らを狙った連続殺傷事件に関して、どうやら、無職の小泉毅容疑者が、その犯人らしい状況である。色々と複雑な状況はあるようだが、実行犯は、小泉容疑者であることは、間違いない。後は、その背後に、誰かがいるかどうかである。小泉容疑者が、人きり岡田以蔵であるかどうかである。岡田以蔵的な人物であれば、小泉容疑者の裏に誰かがいて、人きりのために、彼を養っていたという線が出てくるからである。なぜなら、定職にもつかず、ぶらぶらとして、この十年間、月62000円の家賃を滞納することもなく、支払っているからである。月、62000円、それに、光熱費、衣食住を考えれば、最低でも、月づき、20万は必要になる。いずれ、あきらかになるだろうが、普通の心理から考えれば、誰か、彼を支えるパトロンがいて、それも、彼が、唯我独尊的に、自己の我を押し通せるぐらいの人か組織かがいて、彼の金銭的な支え、生きることの支えになっていたと考えるのが自然である。すべてが、彼一人で計画し実行したとしても、依然として、不自然さが残る。人を二人も殺し、一人は重傷を負わせている。彼の計画の中には、まだ、複数の殺人リストがあったのである。彼が実行犯であり、元厚生省事務次官夫婦殺害の要件を満たしているなら、間違いなく、起訴されるだろう。事件の重要性と社会に与えた衝撃を考えれば、50%以上の確率で、死刑が宣告されるはずである。責任能力が争点になるが、宅配便等の偽装をするなどの、用意周到さから見れば、責任能力は、十分にあり、刺し傷からみれば、相当な殺意が感じられるはずである。どれをとっても、殺人罪の最たるものである。
「官僚は悪だ、ゴミだ。家族も雑魚だ。だからやった」といっているが、あえて、そこまでやるだろうか、官僚は悪だは、同じように、政治家は悪だ、とも書き換えられる。それなら、官僚を支えている、国家警察も悪のはずである。自衛隊も悪のはずである。それが、飛躍すれば、社会は悪であり、人間は、悪だ、ゴミだ、その家族も雑魚だ、だからやったということにもなる。つまり、無差別通り魔殺人である。今回の小泉毅容疑者は、ちがうのである。普通は、だれでもいいのである。凶器をホームセンターか、100円ショップで購入し、それで、刺していくのである。通り魔殺人は、高いところから低いところに水が流れるように動くのと同じだからである。ある意味、自然な行動なのである。人間の意思をつなぎとめる糸が、切れた状態だからである。その人と遭遇したら、逃げることである。犯人の集中力は、長くは続かないからである。
小泉毅容疑者は、努力をして、水を高いところに持ち上げているのである。用意周到さである。誰かの依頼や何かの利益がなければ、普通はやらない。それをやっているから、警察は、まっさきに、テロを疑ったのである。どこかの組織を疑ったのである。どういう理由かはわからない、元の厚生省の事務次官夫婦を殺害したのである。だれでも、いいのではなく、特定とした人間を刺したのである。もし、これが、誰かに頼まれてやったというのなら、殺人という行為は許すべきではないのだが、そこに、ロジックが通るのである。やっぱり、そういうことかで、事はすむのである。しかし、それが、彼、単独の仕業なら、それこそ、人間の心理に突然変異が起きたことになる。今までのロジックが通らないからである。
何の関係もないのに、急にある人に腹がたつ。それを悪だと感じる。それが悪なら、それは、ゴミだ。そして家族も雑魚だ。だから、始末するという発想になることである。そして、そのために、人きり以蔵のように、殺人計画を練り、抹殺だけを考えて生きるようになる。その人と、何の接点もないのである。これであれば、テレビの悪人は、みんな殺されてしまうはずである。水戸黄門の悪代官をやっている俳優は、みな、本当に殺されてしまうことになる。これは、テロよりも恐ろしい異常心理である。ごきぶりとおなじように、もし、小泉容疑者の背後に何もいなければ、このような人が増えていると考えたほうがいい。これが、戦後63年の結果だとすれば、今までのやり方がいいのかどうかそろそろ考え直したほうがいい。
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