将来の社会の大変革期における人の生死感、生死の価値観
子供のとき、人生は長いと感じていた。しかし、気づいてみると、だんだんと、終末が見えてくる。60歳でなくなれば、まだお若いのにという言葉がお悔やみで返ってくる。90歳でなくなれば、大往生という言葉が返ってきそうである。だいたい、70歳ぐらいを過ぎてなくなれば、お悔やみは受けられるが、それも数回忌を過ぎてしまえれば、誰でも、そんなものかで終わってしまう。遠い先のことだと、思っていても、それは確実にそれはやってくる。若いときに、自殺を考えて、未遂で終わった人も、齢には勝てず、平均的に80歳ぐらいでは、亡くなってしまう。少子高齢化と後期医療制度で、長寿する意味合いが、生きている人に感じられなくなるため、長寿しようとする意思がうせていくはずである。そうなると、だんだんと、平均寿命が短くなるのは当然である。
たぶん、お迎えは、自然にやってくる。視点を自分に合わせれば、寝ているときと同じはずである。そのまま、醒めずに、消滅する感じである。だから、これはどうすることも出来ない。そうなると、自己の絶対性も消えてなくなる。たぶん、これが、事実に近いことであるが、それでは、誰でもが不安になってしまう。だから、本当に、自分の死期が近づいたときに、人は、自分の意識をきっていくのである。だんだんと、自分の意識を弱めていく作業をする。だから、自分では自分の死期を予言することはできないのである。自分が誰であるか分からない、記憶が飛んでいく。外部から見て、そういうふうに見えれば、段々と、消滅しかけていくことになる。視点が自分では、それは分からない。分かる自分を分からなくしているわけであるから、それが分かるわけがない。
人の命は、尊い。しかし、不慮の事故で、人の命は、あっけなく終わってしまう。自然災害の前では、人間は無能であり無残でもある。防ぎようがない。どうすることもできない。それが、生死の本質でもある。よく言われることだが、墓場までお金は持っていけないということである。逆に、不慮の事故で、何も迷うことはなく、あっけなくもっていかれるほうが幸せのようにも感じる。その一瞬まで、強欲に生きて、他人のことなど、考えず、自分の保身や栄華のために、生きている。そして、何もわからず、あの世へもっていかれる。考える一瞬もあたえず、そのまま、あの世へ旅立つ。ある意味、幸せなことかもしれない。
昔から、人は地獄ということを教え込まれた。天国と地獄という概念である。生前に善行をつめば、天国にいき、生前に蛮行や悪行を行えば、地獄へ落ちるというものである。地獄ということであれば、鎌倉時代に書かれた源信和尚の往生要集をみれば、そのすさまじい想像力に恐れ入るばかりである。しかし、それ以後も、人間は蛮行を繰り返している。そういう人が今でもいるのは確かである。たしかに、人によって、生きる価値、つまり、何のために生きているかの指標は、人によって違うのも事実である。その答えは百人百様であり、絶対的な正解など誰も決められないことだろう。
結局、自分が自分の生(命)にどんな理由付けをつけることができるか、自分が自分を納得させられる根拠をもてるかどうかに掛っている。大切な一生である。他人のためのものではない。最終的には、自分で自分の人生のおとしまいをつけなければならないときがくる。利他のために、自分の命を顧みず生きた人もいれば、自利のため、人の命など顧みず、この世の快楽を求めつくして死んだ人もいるだろう。
人それぞれ、その答えはない。自利を尽くし、快楽をもとめ、栄華を尽くすことが、生きること、それが、極楽であると信じ、それで最後まで自分を納得できる人がいれば、それはそれで立派なことである。それを支えきれる力があるのであるから、それは凡人にはできないことである。
これから、社会は大変革期を迎える。しばらくは、構造的な不況が起きる。今までのやり方にブレーキがかかり、経済に関しても、政治に関しても、社会規範に関しても、修正を余儀なくさせられるからである。その狭間で、身動きが取れなくなる人が出てくる。急に、進路を変えることなど、慣性の法則が掛るから中々できることではない。しかし、それに対応しなければ、淘汰されてしまう。だから、その不安と逆境に耐えられず、自殺する人もでてくるはずである。
しかし、それもよく考えたらわかることである。それも幻、人間世界が作り上げた絵空事なのである。それに、こだわるから、そこしか、見えなくなるのである。すべてが、0ではない。大不況でも、経済は動いている。儲けている人もいるのである。失うことが怖いから、そこから何もできなくなるのである。借金が10億あるなら、その人はある意味偉大である。借金を10億作れる力があるからである。世の中は、その人を見捨てたりはしない。その人がなくなれば、その負債はパーである。しかし、その人が、生きてがんばってくれれば、10億は返済できるはずである。世の中をそういうふうに見ると、もともと、経済活動など実態がない絵空事であることが分かる。バブル好景気も大不況も、結局同じことである。不景気で就職難といわれていても、業種によっては人手不足のところもあるのである。視点をかえれば、地獄も極楽、また、極楽も地獄になってしまう。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 将来の社会の大変革期における人の生死感、生死の価値観
このブログ記事に対するトラックバックURL:

