100年に一度の大不況は、100年に一度のチャンスでもある。

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 日本を代表するビッグカンパニーの業績不振が目立つ。特に、景気を牽引してきた自動車産業が破綻的である。しかし、誰が考えても、車が毎年、何百万単位で売れるというのがおかしな話である。液晶テレビが、飛ぶように売れるということもない。経済は、需要と供給のバランスの上になりたっている。今までは、勝手に需要を作り上げてきただけである。そして、その作り上げた需要に対して、供給していたのである。あるいみ、押し付けでものを買い与えていたのである。それが、ある意味、サブプライムローンである。本来お金がもっていない人たちである。その人は、お金がないから、車も液晶テレビも不要である。換え買えることもない。新しい家を持つこともない。本来は、積極的な需要をもつ人たちではないのである。

 

 巧みな投資家や、銀行は、そこに、ローンを組ませ、巨大な需要を作り出したのである。買掛金と売掛金を作ったのである。家を作りましょう、電化製品を買いましょう、ついでに、車も買いましょう、そうして、莫大な需要を勝手に創出したのである。需要があれば、供給がある。ある意味、バブルである。昔は不動産投機でのバブルだが、今度は、消費財でのバブルだったのである。だれが、演出したのかわからないが、それにより、トヨタは、空前絶後の利益をはじき出したのである。そして、どんどん、生産拠点を拡大したのである。そして、ある日、その実態のないからくりが露呈してしまった。需要はでっち上げられたもの、そして、買える範囲の需要へマーケットは落ちていったのである。ある意味、大不況と呼ばれている今の状態が、本来あるべき姿である。大不況ではなく、あるべき姿(ニュートラル)にかえったというのが正しいはずである。そして、特に、今回の大不況で大打撃を受ける日本の会社は、業績を急激に伸ばした輸出型の自動車、デジタル家電メーカーである。逆に、負け組みと呼ばれた企業は、背伸びをしなかった分、業績の落ち込みも、それほどではないはずである。もともと悪かったのが、さらに悪くなったのと、もともと良かったものが、急に悪い状態からさらに悪い状態にいったのであるから、その下降率は相当なはずである。

 

 100年に一度の大不況は、裏を返せば、100年に一度のチャンスでもある。全世界で株が落ちている。すべてが相対的なので、日本だけが落ちているのであれば、問題だが、みんなが落ちているから、心配はない。それよりも、日本は、円高なのである。欧米の世界は、株安通貨安であり、日本が株安円高なのである。円が高いと輸出ができないというが、需要がないのに、輸出など出来るわけがない。その代わり、円高である。原料はものすごく安く買える。原油価格が暴落し、円が高いために、1リッター、100円をきることになる。つい半年前までは、200円をつけるといっていたのである。もちろん、200円を付けると予想して、先物で商売したひとは、今は破綻しているはずである。

 損をしている人もいれば、この円高で、ものすごく儲けている人がいるのも事実である。儲けている人は、絶対に自分は儲けているとはいわない。多くの企業で、大リストラが起きるだろう。しかし、リストラをしなければならない会社は、基本的に、拡大路線をしてきた会社である。再び、その会社が、多量に人を雇い入れることはないはずである。なぜなら、もはや、そこに需要がないからである。優秀な人材が、市場に流れることになる。まさしく、骨董品と同じである。本来、囲い込みされて、出てこない人材が、不幸にも、労働市場へ流れてくるのである。雇い入れて、大きくするチャンスでもある。そして、今の状況下でビジネスが止まるのは、すべて既存の増産の生産ラインである。同じものをつくっても、もう売れない。だから、すべてが、新しくなる。そのキーワードが、エコロジーとコストダウンである。品質が今より優れていて、それでいて、エコロジーであり、コストが安いというものであれば、それは間違いなく売れる。価格が安いというのは、それだけ、製造コストが安いことを意味する。逆に、安くていいものは、エコロジーだということである。だから、プリウスがカローラと同額であって、初めて、エコロジーだということが出来る。

 

 もはや、おなじものを作っても売れない。売れるためには、それ以上に品質がよく、さらにコストが安く、しかも、エコロジー的なものである。だから、どの企業でも、研究開発や商品開発の予算は削減などしないし、逆にあげることになる。抑圧するのは、増産の製造ラインである。そう考えれば、100年に一度の大不況こそ、100年に一度のプロセスの転換期でもある。それだけ、新規企業にとっては、チャンスなのである。

 

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このページは、中野満が2008年12月26日 18:35に書いたブログ記事です。

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