実質的な景気の底は3月でおわる。株価の乱高下は続く。
冷静に人の動きをみていれば、市場がどういうふうに動くかは、予想はできる。社会現象を動かすのは、あきらかに、不特定多数の意思である。一人ひとりが、今という時間とこの地球という環境の中で、何らかの作用を受けて生きている。その受けた結果の現れが、今の状態を作っている。膨大なN数が、市場経済で密接につながっている。しかし、株価は、株取引をして、そこから利益を得ようとしている人の現れである。不特定多数ではなく、特定の少数の意思が株価に反映されていると考えたほうがいい。だから、株価が乱高下するのは、その特定少数の人の心理が反映されている。少数と言えども、その投資ゲームに参加する人の数は、膨大である。しかし、地球全体の人口からみれば、あくまでも少数である。
乱高下は。ある意味、子供の駄々っ子状態と同じである。自分たちの思いが満たされなければ、すねて見せるのと同じである。残念だが、強欲の自己中心的な市場原理をベースにして、収益をあげようとする企業家の人たちにも、これからは、汗をかいてもらわなければならないときが来る。投資ファンドや株で収益を上げている人は、それが仕事である。お百姓さんが、毎日、汗をかいて、農作物を育て収穫するのと同じである。工員が、毎日、汗をかいて、現場でトンチンカンしているのと同じである。すし屋の親父さんがすしをにぎっているのと、植木職人が、植木をいじっているのと、おなじ、みんな生きるために働いて、その対価としてお金をいただいている。みんな同じである。投資ファンドの人もそれが仕事である。だから、できるだけ利回りのいいものをみつけ、それに投資し、その利ざやで儲ける。製造業や小売りでもない、無形財の価値を安く買って、高く売りさばく、需要があれば、必ず供給がある。その差を利用して、商売をする。銀行も同じである。ある範囲のなかで、活動していれば、なんらおかしくないのである。
問題は、すこし強欲になりすぎ、エゴを出しすぎたためである。景気が低迷すれば、国が何とかしようとする。そこに便乗する。しかし、国も限度がある。強欲の自己中心的な人たちに有利になるような政策は、もう取れないはずである。アメリカも日本もヨーロッパも一部の人たちに有利になるような政策を推進できない。なぜなら、格差を生むからである。格差が生まれれば、選挙でまけるからである。5%の人が、95%の全所得を取ることはできないからである。そうなれば、社会政策で、税金をとり、所得の再分配を国が行うからである。ある意味、社会主義国家である。突き詰めれば、原始共産性になる。不特定多数がそれを望めば、一日でそれは実現する。その日のうちに、強欲の自己中心的な人たちの財産は没収され、彼らは路頭に迷うことになる。
株価が乱高下するのは、断末魔症候群でもある。そのうち、あるべき所に収縮する。それが落ち着くところは、不特定多数がこんな社会、こんな状況でいいと感じたところでもある。もし、この大不況が、夏まで続けば、日本の中小企業のほとんどは、倒産する。いくら、政府が中小企業への緊急融資を行ったとしても、仕事がない以上、焼け石に水である。仕事がないというよりも、仕事を止めているといったほうが正しい。あの世界一の自動車会社であろうと、中小企業がつぶれれば、看板方式が成り立たない。中小企業をつぶすことは、大企業もつぶれることである。消費ができないため、商社、小売りもつぶれる。当然に広告もないため、メデァもつぶれる。つまり、徳政令がでて、借金はすべて棒引きになることである。このままの状況が続けば、市場原理を見直すような政党が力をつける。小選挙区制で、相対的に日本共産党が一番になれば、共産党の政権ができる。小選挙区の選挙民が、相対的にそれを支持すれば、共産党の政策が実現する。共産党が革命的に政権をとったのではなく、合法的に政権をとったのだから、それを受け入れるしか方法がない。いいとかわるいとかの問題ではない。共産党政権が自然発生的にうまれたら、そういう因果を過去につくったのだから、しかたがないといっているだけである。そういう選択肢しか残っていなかったからである。
つまり、4月以降、何らかの形で、仕事が回りだすことである。もし、このままの状態が放置されれば、選挙ですべてが変わることになる。だから、そうならないように、動き出す。いずれにしても、自民党政権も9月までである。共産党が力をつければ、当然に大企業や強欲な自己中心的な企業家にとっては、脅威な政策を次の政府はやらざるを得ない。数は力である。そうならないように、何とか、仕事を作り出すはずである。それも、エコロジーを絡めなければ、不特定多数の信頼は得られないからである。
今の若者に、あの過激派の暴力革命的なイメージは、今の日本共産党にはないだろう。テレビに出てくる共産党の議員の先生には、暗いイメージはない。つまり、若者に信頼されるような、ブランド力をつけていけば、いざと言うときに、共産党は政権を取れる可能性が、公明党以上にあると言うことである。それも膨大なN数による確率論で決まる。選挙は、まさしく不特定多数の意思の現れである。小泉元総理の郵政民営化解散の結果がすべてを物語る。政党のブランド力、信頼性を上げれば、選挙は勝つということである。ブランド力や信頼力は、地道な努力抜きには得られないものである。いずれにしても、人間には欲望があり、何の縛りもなければ、好き勝手なことをする。核戦争が抑圧されしかも、地球温暖化も、エコロジーでなんとか、抑えることができても、増え続ける人口と地球という資源が限られている以上、いつかは、原始共産性の世界が生まれるはずである。共産党がいいか悪いかは別にして、来世紀かその先か分からないが、300年先にはそんな社会が来ていると想像する。そうならなければ、地球はおわりである。共産党が政権をとっていなくても、それに近い政策をとっているはずである。
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