金賢姫元工作員の哀しさと横田めぐみさんや田口八重子さんの魂

 テレビで、金賢姫元工作員と北朝鮮への拉致被害者の田口八重子さんのご子息、田口耕一郎さんが抱きあう姿をみた。誰が考えても、これほど、哀しいストリーはない。テレビや映画の仮想の世界ではなく、リアルな実写な場で、行われたものである。その場面が哀しいのではなく、そこまでたどり着いた人の運命が、やるせないのである。

 

 テレビに映る金賢姫元工作員は、綺麗だった。そして、1987年1129日、大韓航空機が爆破され、その実行犯として逮捕されたときの映像、特赦をうけて解放された後の記者会見時の映像、金賢姫元工作員は、1962年生まれ、当時、30歳前後の映像をみても、清楚な人に見えた。この人が、自分の欲望のため、人を殺す無差別殺人犯と同列にはあつかえないと、思えた。そして、昨日の映像、金賢姫元工作員も47歳である。そして、田口耕一郎さんは、32歳、田口八重子さんが、拉致されたのが、1978年、今から、31年前である。田口耕一郎さんが、まだ1才のとき、その母親は拉致されたのである。そして、横田めぐみさんが、拉致されたのが、1977年である。1977年や1978年、王選手が世界記録を塗り替えたり、キャンデーズが、普通の女の子にもどりたいといって、解散したり、ピンクレディーや山口百恵さんが、テレビをにぎやかにしていた頃である。

 

 人の一生は、千差万別である。生まれて、直ぐ亡くなる人もいれば、100歳まで、天寿を全うされる人もいるし、交通事故で亡くなる人もいれば、台風や地震で、亡くなる方もいれば、病気でなくなるひともいる。平均寿命が80歳前後であれば、70歳前後まで、生きれば、まずまずということかもしれない。病気で闘病されている人もつらいし、障害をもって、生きている人もつらい、そして、愛する家族と愛する風土から、強制的に引き剥がされ、言葉のわからないところである意味、監禁されることもつらいことである。

 

 御伽噺ではないが、横田めぐみさんも、田口八重子さんも、夜、月が、西に向かうのをみて、ふるさとの家族のことを思ったにちがいない。自分がここでなんとか生きていることを家族に伝えたいと必死で念じたはずである。苦しいほど、切ないほど、念じたはずである。しかし、その思いは通じない。北朝鮮での自分の置かれた運命や状況を肯定し受け止めて、生きることしかできなかったはずである。これは、残酷である。逃げ出すこともできない、脱国すれば、殺されるからである。日本人の政治家が北朝鮮を訪問した、マスコミの人も来た、その人たちに、自分は日本人であり、拉致被害者である、助けてくれと伝えたかった。もちろん、北朝鮮では、当時は拉致の事実などないと言っていたのであるから、日本人拉致被害者は、隔離されたはずである。そう、世にも恐ろしいのは、国家の権力である。

 海で遭難したときに、生死をわけるものは、慌てるか慌てないかだそうである。パニックになって、慌てたら、まず命はない。慌てず、何かつかめるものがないか、さがし、あれば、それで、心静かに漂流し、助けが来るのを持つことだそうである。どんなときでも、パニックになり、慌てて、行動すれば、自滅の方向へと向かうはずである。冬山の遭難でも同じである。

 

 北朝鮮へ拉致された人も、ある人は、絶望と失意の中で、生きるのを止めた人もいるはずである。ある人は、自分の運命を受け止め、静かに、日本に帰れることを夢みて生活しているかもしれない。拉致された人は、国家権力で連れてこられたひとである。その恐ろしさを知っている。だから、生きているのなら、その権力に逆らわずに、ひっそりと暮らしているはずである。その国家権力が消滅するのを実感できない限り、拉致被害者の人は、自ら行動を起こせないはずである。失意の中で、なくなられた人もいる。しかし、その現実をうけとめ、海で漂流しているとの同じように、静かに、助けがくるのを待っている日本人が多くいるはずである。残された時間がないような気がする。

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このページは、中野満が2009年3月12日 11:45に書いたブログ記事です。

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