自分とは、エネルギーの一部である。神様のロジックをなぜおいたか。

 140億年前、ビッグバーンがおき、この宇宙が生まれたと言われている。もちろん、この世にある森羅万象すべてが、その内側にあることになる。では、その外側になにがあるのか、そのビックバーンは、一個しかないのか、複数おきていたら、どう重なっていたのか、それらは、その内側にいるわれわれには、永遠にわからない問題である。

 

 エネルギー保存の法則というのがある。どんなことがあろうと、系内にあるエネルギーの総和は変わらないというものである。では、エネルギーとは一体なんであろうか、一言で言えば、この世にあるすべてである。この宇宙に満ちているもの、すべてがエネルギーというものである。アインシュタイン先生の有名な式がある。エネルギーとは、質量と光の速度の二乗の積であるというものである。つまり、エネルギーとは、重さと空間と時間とに分解できるというものである。重さつまり、自分である。空間とは、今ここにいることである。そして、時間とは、過去と今と未来とである。重さと空間と時間の組み合わせが、エネルギーとなる。重さ(kg)と面積(m2)の二乗を時間の二乗(sec2)で割ったものが、エネルギーである。そう定義されている。

 

 自分とは、エネルギーの一部であるし、この世とは、ビックバーンを生み出したときのエネルギーの総和である。それが、時間と空間と質量とを分けたのである。だから、この世は空間と時間と質量を持つのである。空間があり、質量があり、時間がないものはこの世にはない。必ず、質量と空間と時間はセットされている。もうひとつ、問題なのは、我々には寿命があることである。それから考えると、質量に対して、取るべき空間に対する、時間軸が決まっているということである。我々は100年生きれるかもしれないが、200年は生きれない、なぜ、生きれないのか、誰も分からない。

 

 そう、我々もエネルギーの一部ということである。昔から輪廻転生という言葉がある。だれかの生まれ変わりというものである。エネルギーの総和は変わらない以上、徳川家康が消費したエネルギーの一部を、今私が使っているかもしれないと、言ってもおかしくはない。絶対につかってはないとは言えないからである。

 

 エネルギーという視点からみると、森羅万象すべてが兄弟だということである。この世にあるものは、形は変わるかもしれないが、時間と空間に対して、質量は変化することである。私には、重さがある。質量がある。いずれ、死んでなくなるかもしれないが、私を生み出したエネルギーは、この世から消えることはない。形はかわっても、どこかにのこっているのである。私から発したエネルギーも、電磁波の一種であるから、それは、この世ではのこっている。繰り返す、森羅万象のエネルギーの総和は増えも減りもしない。どこかで、少なくなったものは、どこかで使われることになる。

 

 これは、この宇宙を一つの孤立系、膨張しつづける閉ざされた時空間というものを前提としている。もちろん、すべてが分からないことだらけである。ビックバーンが発生するまえは、どうなっていたのか、時間軸で、約140億年まえというのはわかる。では、200億年前には何があったのか、時間がない世界というのはあるのか、膨張しているこの宇宙の先には一体何があるのか、そもそも、このエネルギーというのは、何であるのか、それは、誰もわからないし、永遠にわからないだろう。常識的に考えれば、何かあると考えたほうがいいはずである。

 

 そう、その分からない部分に、人は神様の存在するロジックをおいたのである。この宇宙を生み出したのは、神様である。確かに、神様の存在をおかない限り、この世の存在など、納得できるものではない。自分は、この世のエネルギーの一部であるとは、ロジックで納得できる。しかし、その上のことは、わからないのである。分からないことをわからないと止めればいいのだが、それを納得できない人は、そこに神様をもってくる。もちろん、その神様とは、何か訳の分からない存在の神様としかいいようがない。それが、いないとはいえないし、それを前提とすれば、この世のありかも簡単に納得がいくのである。

 

 神様がいようがいまいが、結局どうでもいいことである。前にも書いたが、大切なのは、一回しかない人生をいかに有意義につかうかである。たぶん、記憶を持ち、自我という意識をもち、ある程度の利便性のある社会に生き、そこそこ衛生的に今を生きれること自体、140億年の間でみれば、奇跡に近いことである。この世でのある程度の差など、それから考えたら、たいしたことではない。同じ日本人でも、戦国時代と今とはちがうし、つい64年前の戦争中の時代とも違うのである。今を生きれるありがたさに感謝して、命あるまで、最後までがんばって生きたいものである。

 

 

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このページは、中野満が2009年5月 9日 15:31に書いたブログ記事です。

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