すずらんのような華をもつ、あまゆーずのお話、

 2009年5月18日から5月22日まで、産経新聞夕刊(関西版)に連載された新関西笑談の尼崎発癒しの歌声、元保育士デュオのあまゆーずの記事を読みきった。彼女たちとは、美粒の化粧品事業の販促のために、知り合った。世の中とは、ある意味、残酷なもので、出会っても、その人がどのような過去を背負って生きてきたか分からない。目を見て、話を聞いて、その人がどのような人かを感じなくてはいけない。いい人なのか、自分にとって、好ましい人なのか、距離を縮めてもいい人なのか、それとも、離した方がいいのか、とっさの判断を人は、人との出会いのとき、要求される。事務所の社長も同じだった。私も企業の責任者、対外的にはそれなりの扱いをしなければならないと、相手は錯覚する。そこに、緊張が生まれるものである。だんだんと、時間が経てば、自分にとって、すくなくとも悪いことをする人ではないと分かって、すこしづつ距離が縮まる。あまゆーずの二人もそうだった。

 

 それまで、音楽や芸能というものには、無縁の存在であった。企業で働き、企業取引で技術を磨き、機械装置、微粒化の原理等、実践を通して身につけた。そして、それらをまとめあげ、国際特許を出願した。その結果、数年後、国内も含めて、八カ国で特許が下りた。その後、国内の大手の会社と業務提携を結んだ。多くの人が歩む、平均的な道を私は歩いてきた。あまゆーずとは、個人的なつきあいではない、我々も、大きな会社ではない、大きければ、すでに、ビックなスターを使えばいいことである。そこで、あれば、大手の広告代理店や、大きな芸能プロだクッションが、見積書をだし、それでよければ、それでいくということになる。決して、企業側は、広告代理店や芸能プロダクションの裏側の世界を見ることなど、ないはずである。そう、あまゆーずは、当時はあまゆずであったが、目をきょろきょろして、事務所の社長の言うことを素直にきく、私からみれば、二匹の金魚のような存在だった。

 

 私は、昔、追突事故を受けたことがある。歳とともに、それが影響しているのか、軽い首のヘルニアになった。一週間に数回、整形外科のリハビリに通っている。首を引っ張ってもらっている。そこに、どのような資格かわからないが、華のある女性がいる。おばあちゃん、おじいちゃんに、声をかけ、あるときは、冗談をいって、回りを和ませる。すばらしい女性がいる。きっと、病院からでて、ひとりになれば、世の中のさびしさを感じるはずである。何もしてあげることはできないが、病院にいるときは、彼女の波長と同調することにしている。その人にも確かに華がある。そう、華があるとは、明るく振舞う外面とは裏腹に、その内面に、すすらんのような花が咲いているような人をいう。明るく振舞うには、明るく振舞わなければならない理由があるからである。陽気にふるわなければ、崩れていく自分がいるからである。普通は、自我でそれを隠す。それが、自分であると錯覚する。それがあると、人は、それをあくの強さと自我の強さとしてみてしまう。それがないから、内面の華が、透けてみえる。だから、その華が見える人をなんとかしようと回りの人は思うのである。

 あまゆーずの二人にも、華があった。ぎらぎらした華ではない。そっと、延ばしてあげたいような華なのである。彼女たちは、ひまわりをメインにしている。ひまわりは、太陽に向かって伸びる花である。時には、ゆーみんが、ひまわりなら、あーやんは、すずらんである。時には、あーやんが、ひまわりなら、ゆーみんがすずらんなのである。二人は、あきらかに、陰陽を使い分けている。それが、微妙な華の光沢をかもし出している。アコースチックギターとキーボードを、相互に使いわける。どちらも、陽になり、どちらも陰になる。どちらも、ひまわりになり、どちらも、すずらんになる。人は、陰陽の浮き沈みのなかで、笑い、はしゃぎ、哀しみ、泣き、そうして、減衰しながら、命を鎮めていく。海のうずしおのように、うまれては、消えていくものである。

 

 あまゆーずの二匹の金魚は、どこへ行くのか分からない。事務所の社長やレーベルのプロデューサーの先生が目を光らせても、どこに、ドラ猫がいて、ぱくりと食べるかわからない。しかし、すずらんのような華をもつ人は、なぜかわからないが、いい方向へとすすむ。人生は一回きりである。そして、命とは、やはり訳が分からないものである。この世の先に何があるのか、この宇宙を含むものがあるのか、何もわからないのである。この世の現象も、この時空間も、誰かのひと時の夢か幻かもしれない。そう、胡蝶の夢かもしれない。だから、すずらんの華をもつ人が、弥勒菩薩の化身であってくれたらと、ただ、そう願うだけである。

 

 

 

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このページは、中野満が2009年5月23日 14:25に書いたブログ記事です。

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