シンガーは何故、食べていけないのか。

 世の中とは、残酷なものである。テレビやラジオから流れてくるデジタルサウンドは、エフェクトをかけているため、だれでもがそれなりに聞こえる。ライブにいっても、マイクからミキシング、そしてスピーカーとして、音が流れるから、裏でミキシングを掛ければ、それなりに、聞こえる。最近のコンピューターの技術を使えば、違和感はない。そういうものとして受け止めればそれなりに聞こえ、それなりのものだと錯覚する。もちろん、何の細工もなく、自分の声で勝負できる人も多々いる。そう、テレビやライブやラジオで流れているシンガーよりも、単純に歌のうまい下手のレベルからみれば、リスナーのほうに、それ以上に歌のうまい人がうじゃうじゃいるのも事実である。

 

 歌がうまい、歌がすきだ、歌をつくるのもうまい、楽器が得意だ、多くの人が、自己主張の延長で、青春の夢として、ストリートシンガーまがいをはじめる。ある人は、シンガーを夢に見て、学校にかようかもしれない。優秀な点数をとって、もしやと錯覚するかもしれない。ストリートミュージッシャンも、それなりにうまければ、まわりから、拍手をもらう、事務所の人からやってみないかと声を掛けられるかもしれない。もしやと錯覚する。最近では、色々なところが、新人発掘みたいな企画をつくり、オーデッションを行う。昨今、大きな商業施設のイベント会場でも、その営業戦略として、オーデッションを行う。もちろん、誰かが、一位になる。しかし、大抵はそれでおわりである。賞味期限は、その単年度限りである。なぜなら、次年度には次のトップの人がくるからである。もちろん、そのオーデッションのトップか次席になれば、もしやとだれでもが錯覚する。

 

 冷静になれば、分る話であるが、若いうちは自分をなかなか客観的に見ることなどできない。ついつい、自分の才能にうぬぼれてしまう。いい曲ができたとおもっても、大抵は自画自賛で終わってしまう。なぜなら、いい作品が必ずしも売れるとは限らないからである。売れ始めるには、どの場合でも、ある山を越えるだけのエネルギー、商業活動でいえば、お金が必要だからである。その山を越えれば、そう、まちがいなく、いい曲は、売れる。自分の曲と大衆(ユーザー)とが、相互に作用しなければ、売れないからである。この場合の相互作用とは、接触回数でもある。露出度と繰り返し数である。何回、自分の曲を聴いてもらったかでもある。それなくしては、売れる状態にはならない。それが活性化エネルギーであり、それが十分にあれば、売れることになる。それが、俗にいう一山ということである。歌がうまくても、曲がよくても、才能があったとしても、その山をこえるだけのエネルギーをもらわないと、山は越えられず、相互作用は起きない。

 

 

オリコン.JPG 指数関数的なグラフ.JPG   

 

 

 グラフをみてもらえればいい、ある月のオリコン月間シングルの枚数と順位である。順位と枚数とが、指数関数的になっている。よく調べると、上位20位ぐらいで、ほぼ全体の7割、上位30位ぐらいで、ほぼ全体の8割の売り上げを占めていることがわかる。これは、間違いなく、格差社会構造を意味している。強いものが、独り占めする、社会である。平等に機会が与えられている社会でなく、自由競争のなかでの、資本のあるもの、才能があるものだけが、独占する社会である。ネット社会が浸透し、シンガーとリスナーとが接触する機会が多様化するため、この傾向はますます顕著になるはずである。

 

 つまり、ある程度、山を越え、メジャーデビューを果たしても、5年10年生き残れて、しかも、シンガーだけで、食べていけるには、さらに、その次にも、山があることを意味している。それが俗にいう、一発屋である。ヒットして、すこしにぎやかにして、そうして、忘れ去られ引退するパターンである。メジャーデビューした人の8割がそういうことになる。女性シンガーは、それでもいい、一回、脚光を浴びれただけでも、幸せというものである。もちろん、相互作用を起こして、一山を超えた人たちであるから、普通の女の人に戻るにしても、良縁に恵まれることは確かである。

 

 

 

 

 

 上記の論理をみれば、わかるはずである。これほど弱肉強食の世界で、最低でも、上位40位くらいのランクを維持しなければ、食べていけないことになる。先ほどの一山を超えるには、お金がかかるといった。そのお金を誰が払っているかなのである。そこに、企業の論理が働いている。若いシンガーには、その企業の論理などわかるわけがない。事務所やレーベルは投資しているのである。才能があっても、何らかの形で収益を得てもらわないと困るのである。だから、シンガーがうれて、忙しくなっても、見入りはなかなか入らない。売れているシンガーの収益で、売り出そうとしている人への投資分をまかなっているからである。すこし、うれて分け前がすくないと文句をいえば、まず業界から干される。こういった業界では、わがままが一番嫌われる。キャラで、傲慢なのはいい、しかし、ライトが消えれば、みんな謙虚な人たちである。だから、メジャーでいられるのである。頭のいい人たちでもある。

 

 これからは、費用対効果と確率の問題である。シンガーを目指している人は、ものすごく努力をしている。趣味でなく、メジャーデビューを考えている人は、アルバイトをして、自分のスキールを磨いたり、歌や楽器の練習をしている。相当な努力をしている。どの人をみても、それなりにやっている。好きこそものの上手なれ、なのかもしれない。しかし、それほど、がんばって、仮にインディーズでデビューしても、月20万、稼げたらいいほうである。いつまでたっても、アルバイトの延長の給料しかもらえない。社会保障もないのである。客観的にみて、それだけの努力を他の分野で活用すれば、エンジニアでも職人でも医療でも法規事務にしても、間違いなく、30代の半ばには、年収700万ぐらいにはなれるはずである。本当に、年間億単位のお金をもらえる人は、ほんの一握りである。だから、それ以外の人は、逆に平均以下の収入しかないのである。

 

 人生は一度きりである。確かに、メジャーで活躍していて、莫大な収益をあげているひともいる。ある意味、それは例外である。相互作用とは、多くの人と接触することである。10人の中でトップでも、100人の中でトップとはかぎらない。それが1000人、1万人の中で、どうかなどわからない、スポーツも同じかもしれない。シンガーは何故食べていけないか、それは本当の意味の自由競争であり、明らかに、格差社会構造だからである。ある意味、それをもとめるなら、大手の事務所や大手のレーベル、自分に莫大な投資をしてもらえるところと接触を持つことである。そして、その事務所やレーベルの人間的に信頼できる意思決定者と強い信頼関係を持つことである。どこかで、自分を売り出してもらえるはずである。もちろん、それは、費用対効果である。莫大な投資をしても、その効果が見込める価値があると、踏んでもらえたら、パチンコで、カクヘン大当たりがでた台だとおもってもいいはずである。もちろん、交通事故でぽっくりいく確率とどっちが上かはわからない。

 

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このページは、中野満が2009年6月14日 11:58に書いたブログ記事です。

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