陰陽道、あの世とこの世との架橋(左脳と右脳の架橋)

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 左脳は、現実を支配し、論理を操り、近未来から近過去の因果律の中で動く。それとうらはらに、右脳は、虚を支配し、論理を超越し、遠過去と遠未来とをつなげている。もちろん、そんなことは定説にもなっていない。勝手に言っているだけである。しかし、どうも、そんな気がする。時々、眠りから醒める瞬間、あの世を感じる。その瞬間、確かに、自分は存在していない、そして、いない自分が、その瞬間に自分の肉体の中に帰ってくる、そんな感覚をもつ。いつか、自分も死ぬ。何事もなかったかのように、世の中は動いていくだろう。そこにもはや恐れはない。今日も、私は、この世に、いる。何故いるのか、良く分からない。しかし、何かの理由があって、ここに、いるとしか思えない。たしかに、この世がなぜあるのか、わからない。私がいなくなったら、私にとってのこの世はなくなるが、この世にいる人にとってのこの世は、私がいなくなっても存在するだろう。なぜ、なのか、良く分からない。突き詰めていくと、何もかも分からないのが正解である。

 

 世の中は、プラスとマイナスがある。陰陽でもいい、二つが交わると、ひとつになり、何かが生じる。離れると、消滅する。ある程度、人生を生きていると、どうも、世の中は、そういう仕組みになっていると気づく。自分は、微小変化型ネフローゼを患った。ことし、32年ぶりに、再発し、副腎皮質ホルモンを投与され、数週間で、尿中の蛋白が陰性になった。基本的に、その病気の本質は、何故か、腎臓の糸球体が荒くなり、アルブミンという蛋白を排出するというものである。だから、基本的に、尿中の蛋白がなくなれば、OKというわけである。原因はいまでもわからない。しかし、私には、どういうメカニズムでなおっていったのか、感覚的にはわかる。なぜなら、自分の体の中の出来事だからである。もちろん、若いときなどそれはわからない。しかし、この年になり、色々なことを見聞きし、経験をつんでいくと、それが見えてくるものである。

 

 確かに、年甲斐もなく、無理をしたかもしれない。何かの理由で、陰陽が離れたのである。我々が作用をうける力としては、電磁力がメインのはずである。それが、離れかけた。完全に離れれば、たぶん、この世からさよならのはずである。それが、復元力でもとにもどろうとした、なぜか、それが、キチンとうまくもどらず、どこかに、引っかかった。そして、その引っかかった状態で、細胞が再生された。それが、病気である。蛋白が尿中から出て行く状態である。そうなったら、どうすることもできない。がんじがらめの状態である。そのために、副腎皮質ホルモン剤が投与された。それでないと、引っかかった状態が外れなかったはずである。私の体を副腎皮質ホルモンで、乱したのである。乱れれば、元にもどろうとする。まだ、復元力が私の中に残っていたからである。そして、副腎皮質ホルモンで、自我を抑圧したために、それが、すっともとの状態に復元されたのである。砂を乱せば、にごる。しかし、時間と共に、すっとそれらは沈降していく。綺麗な海水に戻るのと同じ原理である。激しく乱せば、自己も壊れる。副腎皮質ホルモンの副作用はきついが、命を消滅させるような激しい乱れを生じさせる副作用はない。たまたま私の病気は、それで復元できる病気だから、今でも生きていられるのである。

 

 私は、まだこの世に生きている。若いときに入院した同部屋の患者さんは誰も今は生きていない。私は、白血病と同じ病棟の大部屋に入院させられたからである。いまでも、その人たちの声が聞こえてくる。私の父も十年以上前になくなった。ときどき、写真をみるが、父が近くにいるような気がする。最近、私には、人の生き死にが見えるようになった。こんなことを書くと、怒られそうだが、かつて、私の近くにいて死んでいった人たちは、あの世へ帰るために、この世と交わったような気がしてならない。あの世に帰った人は、あの世に帰るべくして帰っていったと思えるようになった。この世からみれば、この世が表である。しかし、あの世からみれば、あの世が表である。陰陽は常に逆転している。プラスがマイナスとなり、マイナスがプラスとなる。交流がそんなイメージである。だから、自然とあの世へ帰るのなら、それは、そういうものであると思えるようになった。そう、今のこの瞬間にも、あの世へ帰る人もいれば、この世に引き戻される人もいる。もちろん、この世に引き戻されても、いつか、100%、全員、あの世へと帰る。

 

 なぜか、私はまだ生きている。もうすこし、この世に生きて、がんばれといっているのかもしれない。確かに、生きていたら、良く分からないことが頻繁におこることはたしかである。いま、私は、この歳で、ギターを弾いている。日増しに、上達していく感覚はある。青春時代に聞いた、イチゴ白書をもう一度、コスモス、いろんな曲を、弾き語りしている。ストレスの発散と、右脳を刺激するには、最適だとおもっている。そんなことをしている自分が嬉しい。あの時、若者がギターをもって歌っていたことを、この歳で、自分がそれをしている。予想もできないことをしている。非常にけったいな感覚である。作詞作曲、故浜口庫之助さん、歌石原裕次郎さんの粋な別れをギターで弾き語りして歌っていると、浜口庫之助さんのリズムが乗り移ってくる感覚であるし、何か、石原裕次郎さんの重たいイメージが背後に忍び寄ってくる感覚もある。この世とあの世、左脳では、見えないが、右脳の視点で見れば、つながっていてもおかしくはない。

 

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このページは、中野満が2009年12月 5日 20:20に書いたブログ記事です。

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