孤独死の時代
親子3代というのが、やはり理想的な家族だと感じる。しかし、少子高齢化や核家族化で、それが、崩壊している。子、親、祖父母、この関係が、昔から、ずっと引き継がれてきた。それが家の系図となった。弊害もあるが、それによって、時代時代によっての人の役割も決まっていた。子が親になり、そうして、祖父母になり、墓にはいる。あの世の世界にはいる。科学がどんなに発展しようが、この世の先になにがあるかなど、実証することなど、永遠にできない。文明が発達しても、所詮は、この世の中の出来事である。コップの中の嵐でしかない。目を閉じ、心肺が停止すれば、それは死である。1分前まで、元気であっても、一瞬に持っていかれることもある。寝ているのなら、ゆすれば、目をさます。しかし、死は、ゆすっても、目を覚ますことはない。必ず、だれでも、遺体になれば、火葬される。数時間で骨になる。どんな偉い人も、どんな高貴な人も、最後は、骨になる。それは、まぎれもない事実である。
子が、親になる、そして、子が生まれる。いずれ、祖父母が死去し、親が祖父母になる。この順番は、変わらない。不安定になるのは、それが崩れだしたときである。子と親と祖父母、祖父母がなくなれば、子と親だけとなる。不安定である。そして、子だけがひとりになれば、さらに不安定である。人は、家族の中で支えあって生きるものである。もちろん、親、自分が親の立場であれば、そこに、妻がいる。妻に先立たれれば、ひとりになる。そう、少子高齢化と核家族化の悲劇は、自分も含め、これから始まる。晩年は、だれでもが、孤独死を迎えるということである。
戦後、日本は復興の名の下に、高度成長を迎えた。バブル絶頂期は、飛ぶ鳥を落とす勢いで、すべてを金で買い捲った。そして、冷戦終結後、中国が市場経済の中にどっと参入してきた。ものやお金がシフトするのは、当たり前の話である。高いところから低いところへものが流れるように、お金も流れていった。地球規模が一定であるように、経済活動も、無限ではない、限りがある。中国が豊かになれば、その分、日本が落ちるのは当然である。少子高齢化、核家族化の結末は、ばらばらになった個人に帰ってくる。それが、孤独死であり、無縁仏化である。日本の伝統のなかで、祖先は供養されてきた。盆や正月は、祖先の魂が家に戻ることを意味している。しかし、もどる家がないし、供養する系図がない。永代供養も、本来は、系図があっての話である。時間のスパンを、億年単位で考えれば、30億年後には、地球は太陽に飲み込まれてしまうため、永代供養も、なくなるが、そこまで、悟りきれて、孤独死をおおらかに受け入れられる人は、それほどいないはずである。
日本経済がある程度、立ち直っても、この少子高齢化や核家族化の構図は変わらない。医療技術がアップしても、孤独死は、避けられない。人間には寿命がある、どんなにがんばっても、90歳をこえれば、駄目になる。90歳の人に、信仰がどうの、縁がどうのこうのいっても、何もかわらない。方角がどうの、日めくりがどうのいっても、意味がない。妻の位牌をもっても、受け継ぐ系図がなければ、寂しい90歳の孤独死でおわる。今は、まだいい、あと、50年もすれば、ほとんどの、家の系図は、終わる。今、故郷にもどり、祖先の墓を見なければ、日本の伝統芸も終わりになる。
日本は、昔から、協同組合的な要素で、生きてきた。農業も漁業もある面でいえば、企業も、護送船団で、相互扶助の精神で、がんばってきた。どんなことがあっても、祖先が眠る故郷があった。正月と盆には、そこへかえっていった。しかし、市場経済の嵐がふいて、その故郷と個人をつなぎとめていた糸が切れてしまった。故郷は、消えてしまった。祖先の魂との交流もなくなってしまった。若者は、携帯電話で、自分の孤独を慰めている。
これからは、孤独死の時代である。少子高齢化と核家族化である。人口がへるということは、家が減ることである。受け継ぐ家がなくなるということである。先祖がなくなることでもある。日本の製造業が空洞化するのと同じように、日本の祖先も空洞化がおきるのは必定である。パソコン、携帯電話、ネット、便利になるのはいいことだが、どうやら、目先の利便性に目を奪われ、心の本質を失ったようである。歌でも、最近は、短調の歌など、人気がない、ポップで明るい長調の曲しか支持されないようだ。昔は、演歌もフォークもポップも、ヒットした曲は、短調の曲が多かった。たぶん、携帯をもち歩いている人に、短調の曲を聞かせたら、怖いとか逆にきもちわるいとかいわれそうである。しかし、景気が停滞し、所得が上がらなければ、どこからか、ふたたび、短調のメロディが心にしみてくるはずである。そうなって、初めて、日本の景気や文化に底がうったといえるかもしれない。
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